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『ブレーメンのおんがくたい』(グリム童話) レビュー
 ブレーメンには永遠に辿り着けない


2015年1月
文・石鍋健太

 

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グリム童話、『ブレーメンのおんがくたい』。いくつかの版で絵本になっていますが、今回入荷したのは福音館書店刊行、スイス人デザイナーであるハンス・フィッシャー作のものです。
 

■ 「物語」との出逢い


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私の娘が生まれて初めて出逢った「物語」は、この『ブレーメンのおんがくたい』でした。ほんの4年ほど前、彼 女が2歳の時のこと。子どもたちのためのぬいぐるみミュージカルの舞台を、妻と娘が2人で観に行ったその日、私が仕事から帰ると、娘は極度の興奮状態で歌 い踊りまくっていました。いかに動物たちががんばって泥棒たちをやっつけたかということを、限られた語彙と回らぬ舌を駆使してなんとか伝えようとするので す。もちろんそれまでも、彼女は絵本やアニメが大好きでしたが、それらに見出していたのは、たぶん魅力的なキャラクターや愉快な絵、ページをめくる動作の 快楽、多彩な言葉の響き等々であって、「物語」ではなかったのだと思います。しかしその日、舞台上で動物たちの奮闘劇を目の当たりにした彼女は、ついに 「物語」と出逢ったらしい。その瞬間から、果てしなき模倣と再現が始まりました。一時期、娘はほとんど一日中「ブレーメン!ブレーメン!」と楽しそうに叫 んでいたような気がします。
 

■ 辿り着けないブレーメン


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ロバ、犬、猫、鶏。年をとって役立たずとみなされた家畜たちは主人の元を逃げ出し、揃ってブレーメンの町を目指します。

「そこに行けば、僕たちのような老いぼれの役立たずでも、きっと町の音楽隊に入れるだろう!」

村を出て森へ入る頃には日が暮れてしまいます。野宿を覚悟したものの、樹上の鶏が遠くに暖かそうな明かりを発見。近づいてみると、一軒の小屋のなか で盗賊たちが御馳走並べて酒盛りをしているのでした。おなかが空いていた四匹は、力を合わせてお化けの真似をして彼らを追い出し、ついにご馳走にありつき ます。真夜中、盗賊の一人が様子を見に戻ってくるけれど、暗闇で動物たちを魔女や怪物と錯覚して再び逃げ出し、もう誰もその小屋に近づく者はありませんで した。四匹は小屋がたいそう気に入り、いつまでもそこで仲良く暮らしましたとさ。

これがグリム童話『ブレーメンのおんがくたい』のお話です。動物たちの旅路はあまりに短く、しかも結局、彼らの唯一にして最後の希望であったはずの ブレーメンには到達しないのです。彼らはブレーメンを永遠に忘れる。この「物語」で彼らの出発点となったのは、パーデルボルンという小さな古い町であると いわれていて、そこからブレーメンへは直線距離にして約160キロ。老いぼれの役立たずたちが徒歩でブレーメンを目指す、というのはだから、もとより無謀 な夢として設定された「物語」だったのです。決して辿り着けない場所が目指される旅路。手近な安心と相応の満足に落ち着く者たちのための、挫折と妥協の寓話。
 

■ どこまでも自由に勝手に読むこと


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でも、小さな子どもにとってはそんなのおかまいなし。毎日楽しそうに『ブレーメンのおんがくたい』のお話をなぞる娘の姿をみて、私はこの「物語」に 自分が見出していたネガティブな意味合いをあっさり引込めたのでした。彼女は、ただただ動物たちが歌って踊ってがんばる姿に、「物語」が語られることそれ 自体に感動したのであって、そこに込められている意味や意図や主張や葛藤など、どうでもよいことなのです。

『ブレーメン』ブームが去ってからも、娘はひとりでお気に入りの絵本を広げて大声で朗読するようになりました、まだ字も読めないくせに。もちろん読 み聞かせてやる時もありますが、それをどうするかは子どもの勝手です。大人みたいに読んだり考えたりするのは大人になってからいくらでもできるので、子ど もにはなるべくめちゃくちゃに読んだり考えたりしてほしいものです。



ところで、本物のドイツのブレーメンには、ロバの上に犬が、犬の上に猫が、猫の上に鶏が乗っかったブロンズ像があるとのこと。動物たちは物語のなか から飛び出して、かつて辿り着けず諦めて忘れたはずの街のシンボルになったのです。このブロンズ像のロバの前足を撫でながら願い事をするとそれがかなうと 信じられていて、像のその部分は、多くの人の手が触れるせいでキラキラと光り輝いているそうです。本当かどうかはわかりませんが、なにしろウィキペディア にそう書いてある。それをいつか、家族みんなで確かめに行きたいものです。ブロンズ像を見上げながら、大人になった娘に「初めて出逢った物語」について話 してやりたいです。


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