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「拡張するファッション」展(水戸芸術館) レビュー
自分のなかに、拡張したがっている小さな何かを見つけられるかどうか


2014年2月
文・石鍋健太

一冊の本が展覧会へと育つ。紙上で語られていた世界が具現化する。それだけで胸高鳴り、いったいどんなことになるのかと想像をめぐらせていたが、2月22日、ようやくその只中に身を置くことができた。

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◆ 拡張の予感を孕んだ完結

「拡張するファッション展」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)は、プロローグを含めて全部で7つのセクションで構成されている。各セクションはさらに細かく分けられ、10くらいの部屋と1本の長い廊下の各所にそれぞれ緩やかな境界線で隔てられて展開しているので、来場者は部屋から部屋へと渡り歩きながら、いくつもの独立した世界を体感することになる。

09「拡張」展_メモ

写真でも、絵画でも、オブジェでも、映像でも、ひとつの作品をしばらく見て、見終わって次の作品へ、というスタイルで鑑賞することは本展においてはできない。できないというか、ここでそういうふうにものを見ることにはかなり違和感がある。鑑賞というより、“滞在”と言った方がしっくりくる。まさに 他人の“部屋”を訪れる感覚だ。

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どの部屋も(廊下も)、とても過激で、しかも静かだった。部屋にあるさまざまなものたちは、個別に自らの意味や思いを主張するのではなく、その部屋の世界観をなんらかの形で表す断片として存在している。断片一つひとつの意味はよくわからなかったり、そもそも大した意味がなかったりしても、それらはお互いの距離や適したサイズを探り合うように配置されることで、全体としてひとつの世界を形成することに貢献する。部屋が、唯一無二の他ならぬその部屋であるために、その世界であるために、みんなそれぞれすごくがんばっている。部屋を訪れ、そこに滞在するということはつまり、ものたちのそのがんばりの渦に包まれる体験である。これがとても心地よかった。

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どこにも中心はなく、すべてが交換可能で同時にすべてが欠かせない、だからどこまでも未完成で同時にどこまでも完結した空間。それは、少年が押し入れの奥につくる秘密の箱庭にも似ている。石ころとかネジとかセミの脱殻とかソフトトイのカナヘビとか、自分にしかわからない魅力的なガラクタたちは常に入れ替わり、常に完結した世界を維持しながらも拡張の予感を孕み続ける。

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◆  パスカル・ガテン――ファッションは分かち合う行為

展覧会初日、林央子さんとパスカル・ガテンさん、そして水戸芸術館のギャラリー監視員のお二人も加わってのオープニングトークを拝聴した。

登壇したパスカル・ガテンさんの姿が、私の心のなかに鮮明に刻みつけられている。

林さんとともに彼女が現れるなり、私は『拡張するファッション』を読んだときと同じような好感を抱いた。歩き方、着ているもの、物腰や顔つきや座り方や喋り方、とにかくすべてが素敵だった。柔らかいデニムとふわふわした白い布とが刺しゅう糸で不規則に縫い合わされた手製のジャケットに、生なりのショートパンツとレギンス、そして茶色いブーツ。それらを春っぽく、身軽に着こなした彼女は、とてもリラックスした様子で、すこし照れくさそうに微笑みながら“分かち合う行為”としてのファッションについて語った。

「人々がみんなそれぞれに違って、それぞれに美しいというのはすごいことだ。同じような服を売っている同じような店ばかりが世界には溢れているのに、みんなそれぞれ全然違う個性を発揮している。それは、私たちが互いに影響を与えあっているということの証拠であり、それこそが共有することの力なのだ」

どうせみんな同じでつまらないとか、もうファッションはおしまいだとか、そういう声であれば私のように業界から遠い人間にも頻繁に届くし、誰でも思いつく意見だと思う。しかしこのセンテンスの、後半部分のようなことを断言できる人を私はほかに知らない。これを聞いたとき、彼女は“実践する人”なのだ、ということを思った。誠実で過激な仕方で自分の思うところを実践していて、あるいはそうすることの可能性についていつも考えていて、自分自身のあり方を翻訳するように喋り、行動し、そして分かち合おうとする人。そういうところが、物腰や顔つきなど細かいところに表れていたのではないか。彼女が長いこと教育者としても活動を続けてきたこ との意味が、なんとなくわかったような気がした。

「身近すぎて誰も見ていない、気づけないところに美を見つけ出す達人」と、林央子さんはパスカルさんのことを紹介した。パスカルさんはこれに答えて曰く、「この展覧会にこそ、誰も予期しなかった、しかも誰もが自分のなかに隠し持った美しさが実現されていると思います」

自分のなかに、どこかへ向けて拡張したがっている小さな何かがあるのだとしたら、この展覧会はそれを見つけるきっかけになる。いくつもの“部屋”に滞在し、パスカルさんの姿を見、声を聴きながらそう思った。その“何か”を引っ張り出してきて誰かと共有し合い、新しいことを実践できたら最高だ。

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パスカル・ガテン……ヴィクター&ロルフやサスキア・ヴァン・ドリムレンらと肩を並べたアーネム・ファッション・スクール卒。1990年代初頭、マーク・ボスウィックやヴォルフガング・ティルマンスなどのファッション写真家とコラボレーションし、初期の「Purple Fashion」にほぼ毎月に渡って寄稿する。1994年3月のパリコレ期間中に開かれたファッションショー「オランダの叫び」に 参加。その後アートへの関心を掘り下げ、1999年から6年間、美術・デザイン・理論の研究制作を行う大学院ヤン・ファン・アイク・アカデミーで学ぶ。 アート活動と並行して、1998年から教育に携わり始め、様々な学校で生徒を指導。2007年アムステルダムからニューヨークにわたり、8月から美大パーソンズ ザ・ニュー・スクール・フォー・デザインで教鞭を振るう。現在、同校で准教授を務める。(以上『拡張するファッション』p.100-101より)
彼女が「拡張するファッション」展に際して実施したワークショップ<Questioning the Concept of Uniform (制服のコンセプトについて考える)>。ギャラリーの監視員たちが、パスカルさんの導きによって2週間で自分たちの 制服を新たに作り上げるというもの。監視員という役割を示すとともに、一人ひとりの個性や感情がこもった唯一の服、いわば「何ひとつ強いられない制服」 を完成させることが目的で、実際展覧会場では、ワークショップに参加した監視員の方たちは自分で作った制服をそれぞれ身につけていた。短いワークショップの期間の最初の1週間は、それぞれ自分のことを話したり、思い入れの深い自分にまつわるストーリーのある古い布を用意したり、染色の見学をしたり、といった服を作ること以外の思索や対話や観察に費やされ、残りのたった一週間で実際の手作業が行われたそうだ。パーソナルな思いや感情、経験を衣服に刻みつけるということ。それは、「ファッションは私たちの創造性や傷つきやすさを表出させ、他者と自分自身を分かち合う献身的な行為なのです」というパスカルさんの思想を実践した試みのひとつといえる。

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